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2006/05/10

むなしき「ボーダーライン」たちの奮闘ーブルガリア戦

 ご無沙汰しとります。しばらく休み、ですが、どうしても昨日の試合について書きたくなりました(^^;)
 日本も国内組とはいえ、1.5軍、2軍ともいえるブルガリアに1-2で敗れたのは悲しいことですが、それはおいときます。それ以上にあまりにむなしく感じたのは、巻、佐藤、そして靱帯断裂の疑いがあるという村井ら「ボーダーライン」の選手たちが奮闘したのにジーコは何をぬかしているんだ、ということです。

 試合後、それもまだ彼らのがんばりへの感動がさめやらぬ時期に出たジーコの言葉。

「彼らの頑張りは賞賛に値する。ただし最終メンバーについてのベースは頭にある」

 まさにジーコらしい言葉ですが、この言葉の前には、彼らボーダーライン上の選手たちの奮闘はすべてが雲散霧散してしまうような響きがあります。「彼らはがんばった。しかし私の中ではこれまでの実績が大事。Jでの結果、このキリンカップでのがんばりは認めるが、それはそれ、これはこれ。もう23人は決まっている」-そんなふうにいってるとしか思えない神のお言葉です。
 つまりはこの2戦のがんばりは、あくまでジーコの頭に入っている23人、たとえば久保、また玉田も入っているのでしょうか?彼らがどこまでできるかを見るだけのために存在するもので、いくら巻が「次もチャンスがもらえると信じている」といおうが、佐藤が「あともう1回(13日のスコットランド戦)で結果を残さないと。いい形でこの大会を終えたい。もう負けられないし、個人としてもアピールしなければならない」とがんばろうが、それはほとんど意味をなさないのでは? と感じさせる発言を監督自らがしてしまっているこのむなしさ。指揮官たるもの、いくら可能性がないとしても、せめて彼らに次も発憤させるような言葉、「これで難しくなった」「わからなくなった」「ずっと点の取れていない久保、高原も危ない」こんな言葉の一つでも出して欲しかったと思ったものです。
 そういえば、遠藤のトップ下もまったくもって意味のないことでしたね。何がしたいのか?意味不明。

 もちろん、彼らの23人入りが絶対ないというわけではないですが、それでもやはり現時点での可能性は非常に薄い。それを考えると、彼らがJでがんばり、連戦の疲れも関係なく奮闘していた姿に、目頭も熱くなろうというもんです。
 かねてよりジーコに呼ばれ、そこそこ代表でがんばっていれば、ここ半年、1年の不調は関係なく、逆にここ半年のがんばりなどというものは無意味、無駄ということでしょうか。たしかに巻、佐藤らにはさほど国際経験がないですから、そういった場面でも活躍できるかどうか、という疑問はあります。それでも、この段階で「可能性はない」といった趣旨の発言はいかがなもんかな~。自分ならやる気なくなりますよ。ボイコットしたいぐらい(笑)。

 また、もうひとつ「むかついた」のが相も変わらぬジーコの審判への苦情。ウクラナイナ戦のような明らかな誤審、コンフェデブラジル戦の加地ゴール無効のような、試合を決定づけるジャッジについての苦情ならいいたいことはわかります。が、この日、ジーコがいったクレームってただの負け惜しみじゃないの? ちょっと恥ずかしいです。

 イングランドではいまだ代表経験どころかプレミア経験もない17歳のウォルコットが、もっとも大事なW杯メンバーに呼ばれるというサプライズがありました。たしかに彼はプレミア出場はないですが、サウサンプトンで22試合5ゴール、現所属アーセナルのベンゲルらも認める才能です。日本にはそこまでのひとがいないからこういうことは無理ですが、でも、巻らが入るだけでもサプライズ、っていうこの状況っておかしくない?

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